やあ、ずいぶんと久しぶりだね。
「ずいぶん」って言っても、ほぼ2年近く経っちゃったけど :3
ここで「ちゃんと」書いた最後の投稿を振り返ると、2023年9月だったと思う。当時はフィンランドのLahtiに着いたばかりの移民で、時差ボケで混乱しながら「日曜の朝だってのに一体全体みんなどこにいんだよ?」って思ってた(ネタバレ:オリエンテーション完全にすっぽかしてました :sob:)。その少し前、別の愚痴っぽい記事の締めくくりで「アカデミックなサイバーセキュリティなんて知るか、楽しいことだけ追いかけて、生き残れるかどうかは後で心配すりゃいいや」って書いたっけ。
ただ、1つの記事にまとめるには長すぎるから、2回に分けて書くことにする。
よし、じゃあ本題いこうか……。2023年9月1日にLahtiに到着したんだけど、マジで今振り返ると笑える話でしかない。22時頃にHelsinkiに降り立ってLahtiに向かったんだけど、当時クソデカいスーツケースが4個もあって、タクシーを呼んで夜遅くに学生アパートに辿り着いた。着いた瞬間、泥酔した友達を家に連れて帰ろうとバンに引きずり込んでいる男4人の姿を目撃するっていう洗礼を受けたんだけど、その学生の1人(後に当時の学生ギルドの代表だったことが判明)がこっちを見て、"Welcome to Lahti!" って言い放ち、そのまま_ブッ飛んで_ 行った。とりあえず荷解きして落ち着き、翌日から大学生活が始まった。
まあそんなこんなで時は流れ、2024年の夏、友人のJazen Corderoから声をかけられた。彼は数人と一緒にLahtiES (Lahti Entrepreneurship Society) を立ち上げようとしていて、企画していたSynergyというハッカソンのためのアイデアと人手を必要としていた。で……なんだかんだあって、なぜか自分がそのイベントの企業渉外担当をやることになった。(これ自体めちゃくちゃ厄介な話なんだけど、要するに_ちっとも_ 楽しくなかった)。
これ以前にLahtiSec(まったく、どこもかしこもLahtiってプレフィックス付ければいいと思ってんのかって話だけど)ともコネを作ろうとしたんだけど、うまくいかなかった。どうやらあのコミュニティには「カルチャーフィット」しなかったらしい。まだ少しだけでもサイバーセキュリティに関わりたいと思ってた頃の話だ。でもそれも途中で諦めた。色々 手を出してみたんだけど、そんな中でJazenは自分でも気づいていなかった僕の才能に気づいてくれた。それは、僕が「人と関わること」が_かなり_ 得意だということだった。営業というよりは、コミュニティや企業渉外みたいなところにスルッと入り込むのが得意だったんだ。Synergyが終わり、次のタームでJazenは僕を自分のチームに引き入れた。そうしてあっという間に、僕は理事の席も含めてLahtiESのCorporate Relationsリードになった(ちなみにJazenの名前は覚えておいてほしい。この話の中で、彼は僕の人生で最高の場へと何度も引っ張り込んでくれるし、そのうちの1つのおかげで、こうしてパート2を書いている自分が存在するんだから)。
僕が始めたとき「僕ら」は5人くらいだったのが、任期が終わる頃には300人以上になっていた。はっきり言っておくけど、その数字について僕の手柄はほぼゼロだ。その成長はJazen、Chaska、Maggieのおかげでしかない。実際に手を動かしたのは彼らで、僕はできるところで手伝ったり、必要なところで宣伝したり、企業側を担当したり、イベントでボランティアしたりしていただけだ。まあそれは、1年前ならケーキ持参で直接押しかけてもミーティングすらしてくれなかったであろうBusiness FinlandやAalto、その他諸々の組織みたいに、まだ本来立ち入れるはずもないような場にうちの名前を無理やりねじ込むことでもあったわけだけど。
そして、それが何の犠牲もなしに得られたなんて言うつもりはない。本来の学業を直接犠牲にして、成績を静かに崖から突き落としたんだから。どう聞こえるかは分かってるけど、自分自身に嘘をつかないのと同じように本音を言うと、授業で教えられていることの90%くらいはすでに知っていたし、人に教えられるレベルのことを講義で復習して座っているのは、その講義が理論上準備させようとしている「実物」を作りに行くよりも、一度きりの有限な人生の無駄遣いに本気で思えたんだ。反論したけりゃすればいい、正直どうでもいいけどね。
そんなこんなの最中、もう1つのチャンスが舞い込んできた。[ REDACTED ]と呼ぶことにするスタートアップでのB2Bセールスだ(思い返すほどタダでSEO効果を与えたくなくなるからね)。そのピッチは本当にヤバくて、菌糸体(キノコ由来の素材)をパッケージングにとどまらず、月面レゴリス構造物のために文字通り宇宙に送り込むというアイデアまであった。親友がすでに関わっていて彼女を信頼していたこともあり、僕も飛び込んだ。正直なところ学ぶには最高の環境だったし、いやあ、本当にたっぷり学ばせてもらったよ。
僕の目から見た[ REDACTED ]のB2Bセールスの実態はこうだ。目的地ゼロのまま、終わりのない無駄な動きに延々と振り回され続けた。学生たち(友人たちすら)がタダ働きのインターンとして利用され、NDAとクソみたいな口約束以外は何一つ書類に残らない。それどころかチームに誰がいるかすら知らされず(創業者自身がどこに価値が流れるのを警戒していたかがよく分かる)、プライベートとプロフェッショナルの境界が不気味にドロドロに混ざり合って、ミーティングはトラウマの吐き出し場と化し、境界線なんてどこにもなかった。さらに、このプロジェクトの根底には化学や材料科学の実際の知見がほぼ皆無であることが発覚した。となると当然、その「ソリューション」を売るなんて完全に不可能だ。だから、地域の廃棄物処理会社から250kの見込み契約がぶら下がっていたときも、成約させる手段なんて地球上のどこにも存在しなかった。契約を決めるには、自分が何を言っているのか本当に理解していて、実際にモノを作れる人間が必要だったからだ。あ、そうそう、創業者が酒の匂いをプンプンさせながらミーティングに乗り込んでくるようになったりもして、まあそんな感じだった(もちろん他にも山ほどあるけど、もう十分語ったと思う)。
そんなわけで、1週間ほど耐えたところで僕と友人は顔を見合わせて辞めた。かなりクソだったけど、少なくとも「自分が_絶対_ なりたくない、そして一緒に働きたくない創業者のタイプ」はよく分かった。総合的にはいい教訓だったよ、10点満点でおすすめしたいね。:D
とにかく、僕はLahtiESに全力を注ぎ直し、アウトリーチやネットワーク作り、そして実際にプロダクトを作っている人たちの本物の役に立つことにエネルギーを注いだ。そしてそれはかなりうまくいった。僕の人脈は「数人の同級生」から、創業者やオペレーター、投資家たちの広大なネットワークへと広がり、自分がどうしても極めたかったゲームをプレイしている人たちと繋がることができたんだ。
この静かで、人が少なくて、不思議なほど素晴らしい国に降り立って以来、初めて状況が……良い感じに思えた。自分には役割があり、ネットワークがあり、部屋に入る前から自分の名前が知られている。2025年の初めから半ばにかけて、「よし、攻略したぞ。ここからはただ実行するだけだ」と本気で思っている自分がいた。
結果として、いや、攻略なんてできていなかった。どうやらあっちが僕をぶち壊そうとしていたらしい。
続きはまた近いうちに。
~ A.